アライメントの話。

 友人達と酒を飲みながら、「信長はD&Dのアライメントでいうとなんだろ?」って話に。
既存の秩序を壊したという意味ではカオティック?でも、新たなルール整備とかもしてるしなぁ、等など。
 
 まぁ、昔からアライメント論争というのは不毛なもので。
うちのボスが「AD&Dで歴史モノのシナリオをやるとき、アライメントのルールは使用しない。人間を9つのカテゴリで分けるのはナンセンスだから。」と言っていたが、これは一面においては事実。
 
D&Dコスモロジーにおいては、人間等の生物以外の客観的概念*1から見て、善・悪・秩序・混沌を判断されている。
いわば、D&Dのアライメントは絶対的な評価。
 
でも、歴史上の人物を見た場合に、判断を下すのが人間である以上は、どうしても主観的・相対的なアライメントにならざるを得ない。
そうすると、ある人物のアライメントが、見る人によって変わってしまうと言うことになる。
でも、それはD&Dのルールには合わないわけで。
 
D&Dはゲームなので、ある程度の割り切りは必要。
自分のキャラクターに書かれているアライメントはあくまでロールプレイの目安なのだろう。
特にアライメントの縛りの厳しいクラス(パラディン等)は、きっちり忠実にやることでより、「らしさ」が出ると思う。
 
とまぁ、結論は使い古されたようなものしか出ないわけでございます。

*1:多分、神様とかとも違うもの。なぜなら、神様もアライメント分けされているわけだし。